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ベトナム流「楽食」ライフスタイルのススメ

私がベトナムをはじめて訪れたのは1996年のこと。それから数年は旅をしながらベトナム料理の魅力を味わい、2000年にはベトナムに在住し、3年半の間ベトナム料理にどっぷりと浸かった生活をしてきました。その後日本に帰国、2004年よりベトナム料理研究家としての活動をスタートしました。

『旅を重ねる度に、まるで病のようにローカルなベトめしの魅力から抜けられなくなり、料理を作っているベトナム人の人柄、シンプルな生活スタイルなど、料理だけでなくその背景も含めて、ベトナムのすべてに魅了されてしまいました。その頃の私の生活と言えば、フードコーディネイターという食に携わる仕事をしていながら、自分の食生活や睡眠時間の管理さえできないほど超多忙な毎日を送っていました。仕事をするために生きているような日々。そんな時にベトナムという国に出会い、私は"これからどう生きていきたいのか"考えさせられたのでした。』
その後、気が付いたら日本の生活のすべてを捨てて、料理を学ぶためにベトナムにとびこんでいたのです。

私の著書「ベトナムめし楽食大図鑑」(情報センター出版局・2006年8月刊行)より

私はベトナム人がよく「アン・チョー・ブイ(食べて楽しむ。楽しみのために食べる)」と言うのを耳にする。「食べる」ことを大切にする食いしん坊のベトナム人ならではの言い方だ。これはお腹が特に減っていなくても、おやつの時間や夜食などの時間に「みんなで何かをたべましょう!」と勧める時に使う言葉。
それには、ただ空腹を満たすための食事とは異なる、「食べる事を通して、人と人のつながりを楽しむ。という意味がこめられている。その相手が家族だったり、また学校の友達、会社の同僚だったりするのだが、彼らと食事の時間を共有し、憩いの時を過ごして日頃の疲れや不満を解消するのだ。ベトナム人にとって「食」と「リラックス」は常にリンクしている。

私の著書「ベトナムめしの旅」(情報センター出版局・2004年12月刊行)より

私が著書で上記の様に書いてきましたが、ベトナム人は「食」を非常に大切にして生きています。そんな彼らの料理や食を取り巻く環境を目の当たりにして、これから先「こういう風に生きていきたい」と思い、ベトナム料理やベトナムの食文化を広めていく仕事をしようと、今の様にベトナム料理研究家としての活動を始めたのでした。
料理教室をスタートして6年目になりますが、最近ではベトナム料理は私が伝えたい事のツールであって、その先にあるライフスタイルや生き方を広めているのだと強く感じます。
土日のクラスなどに参加する生徒さんは、仕事の疲れでフラフラになりながらもお教室にやって来て、「ここでベトナム料理を食べると元気になるのですよ!」と言って、本当に帰る頃には元気な笑顔にあふれているのです。ベトナム料理を食べる事でリラックスし、そして元気エネルギーをチャージしているのですね。その他にも生徒さんから「ベトナム料理を習ってから、普段の料理もより丁寧に気を入れて作る様になりました!」、「家族に料理が美味しくなったと褒められるようになった!」などとよく言われるのです。

これらの事はベトナム料理の作り方や、ベトナム料理の食べ方などからみると、よくわかります。「ベトナム料理の美味しい理由」を下記に記していますが、このようにいろいろな味を重ねていくので、何となくではなかなか味がまとまりません。そしてベトナム料理は自分の手で卓上で仕上げの味付けをすることも多いので、自分の好みの味を理解していなければなりません。とにかく味覚をとぎすませなければならないので、しっかり自分の「感覚」を鍛える事ができます。
また、ベトナム料理は卓上で野菜やハーブを料理に加えたり、手を使っておかず類をライスペーパーや野菜で巻いて食べたりなど、肉や魚介を食べる時も野菜もたっぷりと取ります。栄養面的にももちろんですが、視覚効果で「ヘルシー感」も味わえるので、気分もよくなります。また、仲間でワイワイお皿を突っついて食べる食べ方なども、リラックス効果や、癒しを生み出してくれます。これらの様に脳を「快」の状態にしてくれるのです。

この様なベトナム料理の素晴らしい点を日本で楽しんでほしいと、私の料理教室でも現地スタイルにこだわって料理を伝えてきました。そこでベトナム料理中毒者が続出(笑)。ベトナム料理だけではなく、ベトナム流に食を楽しむ「楽食」なスタイルにはまっている様です。
皆さんも、ベトナム流「楽食」ライフスタイルを楽しんでみませんか?

ベトナム料理の美味しい理由(ワケ)

ベトナム料理の理想像

ベトナム料理を食べてみると、いくつかの特徴に気が付くことでしょう。
日本ではタレなどを付けてそのまま食べる揚げ物も、たくさんのハーブや生野菜で包んで食べます。麺料理にたくさんの香草を加えたりもします。
全体的に少し甘くて酸っぱい味付けのものが多く、食べる時にレモンを絞ったりすることも。また、いろいろな料理にトッピングされる香ばしく炒ったピーナッツやゴマ、揚げねぎ。和え物などに添えられるのは、食感の良い揚げ海老せんべいや、焼いたライスペーパー……。
これらの料理の特徴は、ベトナム人の考える「料理の理想像」からきています。

ベトナム人は「五味―五彩―二香」を大切にし、料理を作り上げていくのです。各地域により味付けの好みの違いなどもありますが、ベトナム料理全般に言えることです。

五味―五彩―二香

「五味―五彩―二香」ってなんでしょう。わかりやすく説明してみます。

〔五味 ngu vi〕
素材や調味料の五つの味

塩気=man 塩、ヌックマム、しょうゆ、魚醤や蝦醤、味噌などの塩気
酸味=chua レモン、酢、タマリンド、トマトなどの酸味
辛味=cay 唐辛子、こしょうなどの辛味
甘味=ngot 砂糖、ココナッツジュース、さとうきびなどの甘味
コク(油脂)=beo 油、脂、種子類、ココナッツなどのコク

〔五彩 ngu sac〕
それぞれの料理素材の五つの色

黒=den、赤=do、青(緑)=xanh、白=trang、黄=vang

〔二香〕
素材が作る2つの香り

香りが良い=mui thom-ハーブや、にんにくやしょうがなどの香味野菜、調味料などの香り
香ばしい=bui-揚げねぎやにんにく、炒ったピーナッツやごま、焼いたライスペーパーなどの香ばしさ

イメージがわきますか?

生春巻の秘密

1つの皿の中にこれらの要素ができるだけ多く満たされている料理が、見た目も味も「おいしい料理」ということになります。日本料理が「素材の味をいかした料理」であるならば、ベトナム料理は「素材に合うように五味―五彩―二香を取り入れた料理」となるでしょう。また、その料理の中にこれらの要素が入れにくい場合は、タレや添え物などで補うのです。

皆さんがご存知の「生春巻」を例にご説明しましょう。

海老やレタスの入った生春巻き「ゴイクオン」に必ず添えられるのは「ピーナッツ味噌ダレ」です。日本でヌックマムのタレが添えられることがあるようですが、ベトナム人の好みには合いません。なぜピーナッツ味噌ダレなのかと言うと、この五味と大きく関係があります。生春巻きに入る素材はどれもサッパリとしていて、コクが足りません。このコクを補うためにわざわざピーナッツ味噌ダレを合わせるのです。
味噌の塩気、具に入れる米麺ブン(ビーフン)のほんのりした酸味、タレに入れる赤唐辛子の辛味、タレに入れる砂糖の甘味、ピーナッツのコク、具の海老の赤、具に入れる野菜やハーブの青、ライスペーパーの白、ハーブの良い香り、ピーナッツの香ばしさ……。生春巻き1品を取ってもこれだけの要素がつまっているのですね。

2大食文化の影響

さらに、ベトナムが持つ歴史的背景も、「おいしさ」の秘密と関係があります。
ベトナムの民族は、1000年にわたる中国の支配の後に独立を果たして、ベトナム王朝を成立させます。王朝は入れ代わりながら20世紀まで続きました。また、19世紀末にフランスの侵略をうけ、3分割して植民地統治されました。
このような歴史的背景から、ベトナムの食文化はさまざまな影響を受けてきました。
箸や茶碗を使うこと、お茶を飲むこと、白いごはんを主食とすること、粉を加工して麺や餅を作ることなど中国の影響は大きいのです。
一方、フランス統治の時代は、中国に比べると短いのですが、多くの食文化の影響を受けました。この時代、フランス人はベトナム人達にコショウ、コーヒー、スパイスなどのプランテーションをさせていました。ベトナムのどんな田舎に行っても、フランスパンとコーヒーを飲む習慣があるのは、この時代に伝わったものです。トマトを使った肉の煮込み料理や生野菜をサラダ風に食べるのもフランスの影響でしょう。

 

このような食の観念とさまざまな文化の影響から、独自のベトナムの食文化とおいしさが生まれていったのです。

伊藤忍